「お兄さん、この人の知り合い?」


ほとんど条件反射で両手を肩の高さに上げつつ、そんな質問をすると、背
後のお兄さんがクスリと笑った気配がした。









一問一答











「この状況でその質問? ずいぶん余裕あるんだね」


でもきっと、本気で笑ってるわけじゃない。そんな声音だった。


「そんなふうに見えます?」


声は震えているし、体が緊張で強張っているのだってわかっているだろう
に。さっきまで壊れた蛇口のようだった涙も突然の身の危険に綺麗さっぱ
り引っ込んで、乾き始めた頬が微妙に気持ち悪い。


「見えないね」


……殴ってやりたい。
今なら許される気がする。
誰が許すのかって聞かれても分からないけれど、この場合はのほう
に理があると思われる。というあるに決まっている。


「ボロボロ泣きながら怪我の手当てしてるし、周りの気配にも無頓着だし
ね。他にも色々あるけど、少なくともお嬢ちゃんが非戦闘員だってことは
確かなのは分かってるよ」
「じゃあ、なんでこんなモノ…」
「だからってアンタが北条側の人間じゃないとは限んねーだろ?」
「……一応、自己申告しますが、私はこの赤い人の敵でも味方でもないで
すよ」
「赤い人って……ま、確かに赤いけどさ。んじゃあアンタはそこの風魔の
味方でもないって?」
「風魔?」
「それも知らないって? アンタ見ず知らずの人間を二人も命がけで助け
たってわけ? そりゃお人よしにも程があるっしょ」


信じられないね、と突き放されても事実そうなのだから仕方がない。
端から信じる気のない人に信じてくれと訴えても無駄なことは判っている
ので、はそれ以上言い募ることはせずに溜息を零した。


「…アンタ、ホントに余裕だね」


ますます怪しい。
喉元に宛がわれた刃物がぐっと押し付けられたのが小さな痛みでわかった。


「……痛いんですが」
「痛くしてるからね。……てかさ、アンタホントに肝が据わってんのか、
それとも極端に鈍いだけなのか、どっち?」
「鈍くはないと思いますが」
「……もう良いよ。とりあえず、立って」
「え?」
「いつまでもここで問答してるわけにもいかなくてね。とりあえず陣に連
れてくよ。詮議は山本殿かその辺がするだろうし」


ほら、立って。
ぐっと腕を取られ、その痛みにが眉を顰め……だが、その手はすぐ
に放された。
首に感じていた刃物の感触も。


「あ、あれ?」
「……もーちょっと意識なくしといて欲しかったなぁ、風魔さんよ」
「………」


苛立たしげな男の舌打ちに、応じる声はない。
そして気がつけば、目の前に、を守るようにして立っているのは


「あ、黒い人」


が助けた、黒尽くめの仮面男だった。
その視線を追いかけるように首を巡らせると、5mは離れた場所に立って
やけに大きな手裏剣らしきものを構えている迷彩柄の服を纏った男がいる。
おそらくは彼がに刃物を突きつけていたのだろう。
その証拠に、彼の足元に赤い人が転がっている。
の目の前にいたはずなのに、迷彩男が咄嗟に抱えて移動したのだと
しか考えられない。


「…すっごーい、早業」


気がつけば、ぱちぱちと拍手なんかをしてしまっている
さすがに暢気すぎたらしく、迷彩男はあからさまに、黒い人も「呆れた」と
言いたげな視線を向けている……様な気がした。


「そのコ、庇っちゃうんだ?」
「………」


恥ずかしくて俯いたの目が、黒い人の足元に留まった。
彼から滴る水が作った、小さな水溜り。


「ってことはお嬢ちゃんはやっぱり北条の人間なのか」
「………」


一滴、また一滴と落ちては、つるんと丸い石にあたって跳ねる。
乾いて白っぽい石が、地の青色をのぞかせる。
けれど、そのなかに。
うっすらと赤い、色が  


「それもアンタがわざわざ庇うってことは、意外と上の」
「あー!!!」


突然起こった大声にぴくりと、驚きではない反応を見せた二人に構わず、
は黒い人の腕にしがみ付いた。


「ちょっ! 血!! け、怪我してるって! 貴方も!!」


薬ーっ。
包帯ーっ。
叫びながら先程使った道具をわたわたとひっくり返すの姿に。


「……ちょっと、もー。もうちょっと空気読んでくれても良ーんじゃない
のー?」


がっくりと肩を落としたのは迷彩男で。
黒い人は手当てをしようとするの手を押さえ、首を横に振って止め
ている。


「え? 手当て要らないんですか? でも傷、結構深いんでしょう?」
「………」
「ちゃんと消毒しないと破傷風とかなっちゃうかも」
「………」
「ちょっと我慢してくださいね」
「?!」


べろりと上着を捲り上げ、黒い人が驚いている間に、ちゃっちゃと手当て
を済ませていく。
ついでに言えば、驚いていたのは迷彩男も同じだったのだが。

あの『風魔の小太郎』が。
幾ら雇い主縁の娘だからといえ、無防備に傷の手当をさせるなんて。


  あのお嬢ちゃん、一体何者なんだ  


  はい、終わりです。後でちゃんとお医者さんに診てもらっ…?」


自分を凝視する二組の視線に気付いて、は首を傾げた。


「何か? …あ、薬が沁みました?」
「……そーじゃないでしょ」


暢気にも程がある。
というよりは、余程の世間知らずなのか。


「ま、害意は無さそうだね」
「……最初からそう言ってるんですけど」
「そっちの『黒い人』はそうでもないみたいだけどねー?」


それでも、迷彩男は武器をしまった。
とりあえず、と言う感じではあるがを信用したらしい。


「ほら、旦那もいい加減起きなって」


ガスっとその長い足で肩口を蹴ると、赤い人が低く唸る。


「って、お兄さん赤い人の味方なんでしょ? 乱暴過ぎると思いますが」
「いーのいーのこんくらい。頑丈なんだから」


扱い荒いな、オイ。
ツッコみたい気持ちを抑えつつ赤い人を見てみると、眉間に皺が寄り、し
ばらくしてから大きな目がパッチリと開いた。


「う、…っここは、某は…」
「やぁっと目ェ覚めた?」
「さ、佐助?」
「ったくさぁ、北条の首級をあげて更に伝説の忍を倒した、までは流石俺
様の主、甲斐の虎の若子ーって褒めてあげられるんだけどねぇ、その直後
に風魔の技の余波くらって一緒に崖から落ちるなんて」
「す、すまぬ…」
「間抜け過ぎ」
「…うっ」


何故か。
赤い人は正座で項垂れていて、その赤い人を主と呼んだ迷彩男はこめかみ
に青筋立ててその前に仁王立ちしている。
……この二人、本当に主従なんだろうか?


「さ、佐助…」
「なに?」
「このこと、お館様には・・・」
「当然、報告済みに決まってんでしょ。じゃなきゃ旦那を捜索に出られな
いでしょうが」
「うぅぅぅぅっ。も、申し訳ありませぬお館様ぁぁあぁぁあああ」
「うわっ」


思わぬ大絶叫に黒い人は武器を構え、は手で両耳を押さえた。





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一問一答:一人が質問し、相手がそれを答えるという形を繰り返すこと。

3話目にして、まだ各キャラの名前をヒロインさん知りません。